香川県ネット・ゲーム依存症対策条例(仮称)素案のパブリック・コメントを送りました

香川県ネット・ゲーム依存症対策条例(仮称)素案についてのパブリック・コメント香川県議会事務局へ送りました。

 

パブリック・コメント募集のページ(香川県のホームページ)

香川県ネット・ゲーム依存症対策条例(仮称)素案についてパブリック・コメント(意見公募)を実施します

https://www.pref.kagawa.lg.jp/content/dir1/dir1_1/dir1_1_1/wr2f3g200122132241.shtml

 

 

内容は以下のとおりです。

 

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パブリック・コメントへの意見

 

1.はじめに

 

 まず、香川県ネット・ゲーム依存症対策条例(仮称)素案(以下、本条例素案という)に対する立場を述べる。依存症の対策は必要なことだと考えるが、本条例素案のままでは賛同できないため、反対の立場である。

 その理由は、本条例素案は依存症の対策として不備があることと、事業者として、本条例素案の条文に協力することが非常に困難であると判断したからである。

 また、手続きの不備と思われる点もあるため、2月開会の県議会定例会への提出は見送ること、条例検討の議論を再開することなどを求める。

 それらの問題点を指摘しながら、本条例素案について以下に意見を述べる。

 

2.依存症対策条例としての不備

 

2.1 依存症支援機関・支援内容の記載がない

 まず、本条例素案は依存症対策が目的であるにもかかわらず、依存症になった人に対してどのような支援機関と支援内容があるのか、全く盛り込まれていない。この点は致命的な不備である。

 医療機関精神保健福祉センター、保健福祉事務所、保健センター、消費生活センターなどといった依存症支援機関を記載し、それらと学校等や市町との連携の手順についても記載することが必要である。依存症になった人に対する支援体制があることを前提にした条文に作り直すべきである。

 

2.2 スマートフォン使用時間の制限は有効な対策ではない

 条例検討委員会の参考人・樋口進医師は、スマホ(ネット)依存に陥る原因の典型は人間関係のトラブルであり、ただスマートフォンを取り上げるといった対応をとっても、問題は全く解決しない、と唱えている。依存症の有効な対策は、大元の原因を解決することである。

 依存症でない人も含めてネット・ゲームを単純に時間で区切って制限することは、依存症の有効な対策にはならず、むしろ依存症の人を苦しめ、逆効果になりかねない。また、依存症ではない人の生活を無意味に制限することになり、県民にとって不利益であるだけと言わざるを得ない。したがって、特にスマートフォン等の使用時間の制限を規定している第18条2項は削除するべきである。

 

 

2.3 愛着形成は有効な対策とはいえない

 愛着形成が依存症の対策として有効であるというエビデンスはなく、条例検討委員会の参考人岡田尊司医師の資料にも、愛着形成はかならずしも依存症の予防に有効ではないことが指摘されている。

 にもかかわらず、条文でくりかえし愛着形成の重要性を記載することにより、愛着形成があたかも依存症対策に有効であるかのような誤解を県民に与えかねず、依存症対策の目的に合致しない。したがって、該当する条項は削除することが妥当である。

 

 具体的には、

 

・前文「親子の信頼関係が形成される乳幼児期のみならず、子ども時代が愛情豊かに見守られることで、愛着が安定し、子どもの安心感や自己肯定感を高めることが重要であるとともに、」

・第4条(県の責務)3項「県は、県民をネット・ゲーム依存症に陥らせないために市町、学校等と連携し、乳幼児期における子どもと保護者との愛着の形成の重要性について、普及啓発を行う。」

・第6条(保護者の責務)2項「保護者は、乳幼児期からの子どもと向き合う時間を大切にし、子どもの安心感を守り、安定した愛着を育むとともに、学校等と連携して、子どもがネット・ゲーム依存症にならないよう努めなければならない。」

・第8条(国との連携等)3項「県は、県民をネット・ゲーム依存症から守るため、国に対し、乳幼児期における子どもと保護者との愛着の形成や安定した関係の大切さについて啓発するとともに、必要な支援その他必要な施策を講ずるよう求める。」

 

 以上の文言は削除する。

 

2.4 依存症の予防法はまだ確立されていない

 依存症の予防に成功した例はなく、予防法はまだ確立されていない。有効な予防法は不明であるにもかかわらず、県民や全国の事業者に依存症の予防に努めるよう義務を課す条項があることにより、県民や全国の事業者に過剰な負担を強いることになる。このことは委縮効果が非常に大きく、依存症の対策にはならないばかりでなく、県民のみならず全国民の生活に混乱と不利益を招くおそれがある。したがって、依存症の予防の努力義務を規定した条項は削除するか、または有効な対策となるよう文言を修正する必要がある。

 

2.5 「eスポーツ」、「オンラインゲーム」等の具体名の記載について

eスポーツ」、「オンラインゲーム」といった具体的な名称があるが、あたかもそれらが依存症を引き起こす原因であるかのような誤解を、すなわち、それらさえ避けていれば依存症にはならないという誤解を与えるおそれがある。また、事業者にとっても、依存症に配慮した場合にどこまで自主規制する必要があるか基準が不明なため、際限なき委縮につながる。事業者が委縮すれば、県民のみならず、国民の生活や経済に混乱と不利益をもたらしかねない。以上のことから、具体的なゲームの種類の名称は、条例に記載するべきではなく、削除することが妥当である。

 

3.県民、国民の生活を過剰に制限・規制するおそれのある条項

 

3.1 第11条2項による表現の自由が侵害されるおそれ

 第11条(事業者の役割)2項の前段は「前項の事業者はその事業活動を行うに当たって、著しく性的感情を刺激し、甚だしく粗暴性を助長し、又は射幸性が高いオンラインゲームの課金システム等により依存症を進行させる等子どもの福祉を阻害するおそれがあるものについて自主的な規制に努めること等により、」、後段は「県民がネット・ゲーム依存症に陥らないために必要な対策を実施するものとする。」とあり、事業者は県民が依存症にならないための自主規制を求められている。前段は子どもの福祉を阻害するおそれがあるものについて言っているが、後段は対象が県民つまり大人も含まれているため、県民の知る権利を侵害するおそれがある。

 私はインターネット上に小説やイラストの創作を発表する活動をしており、第11条2項によって創作活動を自主規制させられる当事者の一人である。創作活動は憲法に保障される表現の自由の活動であり、条例によって委縮させ、国民の自由な創作活動を阻害することは、基本的人権の侵害にあたると言わざるを得ない。

 したがって、第11条2項は削除するべきである。

 

3.2 第11条3項による情報が制限され県民の安全がおびやかされるおそれ

 第11条(事業者の役割)3項で、事業者は「県民がネット・ゲーム依存症に陥らないために必要な対策を実施」する義務が課せられるが、事業者にとっては、依存症に陥らないための対策の意味するところが全く分からないため、香川県のみ情報を遮断され、必要な情報が得られなくなるおそれすらある。それにより県庁組織の情報収集能力、危機管理能力にも多大な支障をきたし、県民の安全な生活がおびやかされかねない。

 したがって、第11条3項は削除するべきである。

 

4.その他

 

4.1 ネット・ゲームは大切な活動の一つであることを前文に明記するべきである

 本条例素案は、ゲーム規制が目的ではなく、依存症対策が目的である。前文で「社会全体で子どもがその成長段階において何事にも積極的にチャレンジし、活動の範囲を広げていけるようにネット・ゲーム依存症対策に取り組んでいかなければならない。」とうたっているが、もちろんネット・ゲームも大切な活動の一つである。その事実をふまえたうえで、依存症対策に取り組まなければならない。この基本原則を共有するために「ネット・ゲームは大切な活動の一つである」ことを前文に盛り込むべきである。

 第4条(県の責務)4項は「県は、子どもをネット・ゲーム依存症に陥らせないために屋外での運動、遊び等の重要性に対する親子の理解を深め、健康及び体力づくりの推進に努めるとともに、市町との連携により、子どもが安心して活動できる場所を確保し、さまざまな体験活動や地域の人との交流活動を促進する。」としているが、県のこの取り組みは、ネット・ゲームを子どもたちから遠ざける目的ではなく、子どもたちの活動の範囲を広げることが第一の目的で行われることをゆめゆめ忘れてはならない。

 

4.2 「ひきこもり」の記載について

 前文および第3条(基本理念)に「ひきこもり」を問題の事象としてあげている。

「ひきこもり」とは外にあまり出ないで過ごす、つまりほとんどの時間を家の中で過ごす状態のことであり、その状態で問題なく生活している人もいれば、問題を抱えている人もいる。問題を抱えている人について、何が問題かを把握することが大事であり、「ひきこもり」を問題と捕らえるのは、そもそも事実誤認である。したがって、前文と第3条の「ひきこもり」の記載は削除するべきである。

 なお、前文では「子どもの学力や体力の低下のみならずひきこもりや睡眠障害、視力障害など」を問題とし、第3条では「睡眠障害、ひきこもり、注意力の低下等」を問題としており、記述が一致しておらず、何を問題と捕らえている条例なのかがあいまいである。この点でも条文の再考が必要だと考えられる。

 

4.3 保護者の相談する義務に関する記載について

 第18条(子どものスマートフォン使用等の制限)3項に「保護者は、子どもがネット・ゲーム依存症に陥る危険性があると感じた場合には、速やかに、学校等及びネット・ゲーム依存症対策に関連する業務に従事する者等に相談し、子どもがネット・ゲーム依存症にならないよう努めなければならない。」とある。この条文をそのまま読むと、保護者は、学校と学校以外の支援機関との両方に相談する義務が課せられている。

 依存症を抱えていることはプライバシーにかかわることであり、学校には知られたくない人もいると考えられる。また、学校の業務からいっても支援体制には限界があり、学校がすべての依存症の相談にのるのは負担が大きい。保護者にとっても学校と学校以外の支援機関との両方に相談するのは負担が大きく、学校への相談の義務を課すことには疑問がある。学校や保護者の負担を減らし、支援機関が連携する体制を作って効率的な依存症対策を行うことが望ましい。

 以上のことから、学校への相談を義務づける「学校等及び」を、「学校等又は」と変えることが妥当である。

 

5.手続きの不備

 

 最後に、本条例素案に関して、手続きの不備と思われる点を指摘し、2月開催の県議会定例会への提出は見送ることを求める。さらに、条例制定までの手続きとして、専門家を入れて条例検討の議論をすること、議会提出前に委員会を開催して条例素案の内容が審議されること、再度パブリック・コメントを募集することを求める。

 

5.1 条例制定の根拠に欠けている

 ゲーム障害を含むWHOの基準ICD-11は2022年(令和4年)1月1日発効される予定である。国内でもゲーム障害の対応は現在、検討中である。今後、新しい知見が得られることが期待されるにもかかわらず、それを待たずに、まだ解明されていない部分が多い依存症対策について早々に条例を制定することは、時期尚早であると言わざるを得ない。徒な条例制定は「依存症に対処したつもりになる、やった気になる」ことにつながり、その結果、依存症で苦しむ人を救えないまま放置することになりかねない。

 少なくとも国内での方針が決まるまで待つべきである。

 一旦、条例が制定されれば、今後数十年ものあいだ残り続ける。本条例素案はあきらかに不備が多く、さらに時間をかけて議論をし、練り直す必要がある。拙速に条例制定を強行することは避けなければならない。

 したがって、2月開催の県議会定例会への提出は見送るべきである。

 

5.2 条例の目指す支援対象は子どもか県民かが不明確である

 この条例素案は、前文で「本県の子どもたちをはじめ、県民をネット・ゲーム依存症から守る」と宣言している。大人も含めすべての県民を守る点は是であると評価する。しかし、第2条(定義)の「学校等」の定義は「(大学を除く。)」となっており、大学生が依存症になった場合に大学は関わらない、支援を行わないこととするのは、宣言と矛盾している。

 本条例素案の意図としては、大学生が依存症になった場合、対策することを想定しているのか、それとも対策しないのか。条例として機能するためには、子どもだけを守るのか、県民つまり子どもも大人も守るのか、どちらなのか明確に決めなければならない。

 条例の支援対象を見直すためにも、再度、条例検討の議論をやり直す必要がある。

 

5.3 パブリック・コメントの不備

 本条例素案はネット・ゲーム規制が目的ではなく、その名称のとおり依存症対策が目的である。にもかかわらず、県民のほかには第11条に規定する事業者からのパブリック・コメントは受け付けたものの、県外の医療従事者や依存症支援機関の職員、また依存症当事者やその家族、そのほか有識者からのパブリック・コメントを受け付けず、偏った条件で実施された。また募集期間も2週間と短く、告知周知を十分におこなったとはいえず、きわめて不十分である。条件を設けずに、さらなるパブリック・コメント募集をおこなうべきである。

 

5.4 条例検討の再開と委員会審議を求める

 2月開催の県議会定例会への本条例素案提出は見送ることを求めるとともに、条例制定までの手続きとして、専門家を入れて条例検討の議論をすること、議会提出前に委員会を開催して条例素案の内容が審議されること、そのうえで再度パブリック・コメントを募集し、検討をおこなうことを求める。

 

 

以上